訴  状

2005(平成17)年7月13日
東京地方裁判所 御中

原告ら訴訟代理人弁護士  今  給  黎  泰  弘
       同          酒  井         幸
       同          新  谷         桂
       同          寺  井      一  弘
       同          永  尾      廣  久

 

原   告  別紙原告目録記載のとおり


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原告訴訟代理人弁護士  今給黎 泰 弘

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                    酒   井       幸

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        同           新   谷       桂
        同           寺   井   一   弘


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        同         永   尾   廣   久


〒163-8001 東京都新宿区西新宿2丁目8番1号 東京都庁内
被   告 石   原   慎 太 郎


謝罪広告等請求事件
訴訟物の価額 金25,168,500円
貼用印紙額,  金98,000円
(ただし謝罪広告掲載に係る貼用印紙額は追完する。)


第1 請求の趣旨
 1 被告は、原告らに対し、本判決確定の日から7日以内に、別紙記載の内容の謝罪広告を、毎日新聞(全国版)、朝日新聞(全国版)、読売新聞(全国版)、日本経済新聞(全国版)産経新聞(全国版)、東京新聞の朝刊社会面に、別紙に記載した条件で各1回掲載せよ。
 2 被告は、別紙原告目録記載の原告ら各自に対しそれぞれ金50万円と、これに対する2004年(平成16年)10月20日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用は被告の負担とする。
 4 第2項につき仮執行宣言

第2 請求の原因
 1 当事者
  (1) 別紙原告目録1,2,3,4,5,6,7,記載の原告らはいずれも、フランス語を母語として使用する者である。
    同目録1,記載の原告は、フランス語学校を運営又は経営する者である。
    同目録1,2,4,5,8,9,10,11,12,13,14,15,16,記載の原告らはいずれも、フランス語又はフランス語によって表記されるものを研究してその成果を教授する者である。
    同目録3,7,17,18,記載の原告らはいずれも、フランス語の通訳・翻訳その他フランス語を業務の手段としている者である。
    同目録19,20,21,記載の原告らはいずれも、フランス語を学習する者である。
  (2) 被告は、東京都知事であるが、以下のとおり、公然と原告らの社会的名誉等を毀損する発言を行って、原告らに損害を与えた者である。

 2 本件発言の内容
(1) 2004(平成16)年10月19日、翌2005年4月から開校予定の首都大学東京のサポートを目的とする会員制クラブ「ザ・トウキョウ・ユー・クラブ(the Tokyo U-club)」の設立総会が、東京都庁第1庁舎5階大会議場において開催された。このクラブは発起人だけでも100名を越す大組織である。
被告はこの場における祝辞で、「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。そういうものにしがみついている手合いが反対のための反対をしている。笑止千万だ。」との発言(以下「本件発言」という。)をした。
(2) この発言は、2004(平成16)年10月20日の毎日新聞東京版で報道されたほか(甲1号証)、東京都庁ホームページの「知事チャンネル」に、この祝辞全てが音声付動画で掲載されている(甲2号証)。


 3 原告らに対する名誉毀損等
  (1) 本件発言が伝える事実等
    本件発言は、祝辞を聞いた設立総会参加者、この発言内容を新聞報道で読んだ読者、東京都庁ホームページでこの祝辞を聞いた者に対して、@フランス語は数を勘定できない言葉である(以下「伝達事実@」という)、Aフランス語は国際語として失格している(以下「伝達事実A」という)、との事実を伝えるものである。
のみならず、この事実を前提にして東京都知事という立場にある者が、「(このようなフランス語が)国際語として失格しているのもむべなるかなという気がする。」「そういうものにしがみついている手合い」は「笑止千万」と、フランス語を使用する者に対する侮蔑的評価を公言した(以下「本件侮蔑的発言」という)。
(2) 原告ら全員に対する名誉毀損
上記伝達事実@Aは、虚偽である。フランス語は数も数えられるし、国連などの国際機関や多数の国で公用語として使用されている。
被告のこの誤った事実を伝える発言は、フランス語は数も数えられないような原始的で稚拙な言語であり、国際的には通用しない未熟な言語であるかのよう印象を与え、フランス語に対する世間の評価を著しく低下させたものである。これによって、
@ フランス語を母語とする別紙原告目録1,2,3,4,5,6,7,記載の原告らはいずれも、そのような低俗な言語文化に属する国民であるとの印象を与え、母語とこれを育んできたフランス文化を貶められ、フランス語を母語として話すことや、フランス語社会の一員であることについての社会的名誉及び名誉感情を著しく傷つけられた。
A フランス語学校の経営者である同目録1,記載の原告は、本件発言により、フランス語学校を運営又は経営することの価値を貶められ、これに携わることについての社会的名誉及び名誉感情を著しく傷つけられた。
B フランス語又はフランス語によって表記されるものを研究してその成果を教授している同目録1,2,4,5,8,9,10,11,12,13,14,15,16,記載の原告らはいずれも、本件発言により、これらの研究及び教授活動の価値を貶められ、これに携わることについての社会的名誉及び名誉感情を著しく傷つけられた。
C フランス語の通訳・翻訳その他フランス語を業務の手段としている同目録3,7,17,18,記載の原告らはいずれも、その業務の価値を貶められ、これに携わることについての社会的名誉及び名誉感情を著しく傷つけられた。
D フランス語を学習する同目録19,20,21,記載の原告らは、これを学習することの価値を貶められ、これに携わることについての社会的名誉及び名誉感情を著しく傷つけら、かつ、今後フランス語を学習していくについて不安と困惑を余儀なくされた。
以上のとおり、被告の本件発言が、原告らの名誉を毀損し、またその名誉感情を著しく傷つけたものであることは明らかである。

(3) 原告目録1,及び3,7,17,18,記載の原告らに対する業務妨害
同時に被告の本件発言は、フランス語学校を運営又は経営し又はフランス語の通訳・翻訳その他フランス語を業務の手段としている人々の上記各業務を妨害したものである。
すなわち、東京都知事である被告の知名度、マスコミでの取り上げられ方、社会的影響力等に鑑みると、「フランス語は数を勘定できない言葉」であるとか、「国際語として失格している」との虚偽の事実を公然と述べたことにより、虚偽の内容を真に受けた多くの東京都民その他の市民が、フランス語学校に入学してフランス語の学習をする意思を喪失させ、原告らは生徒応募の機会を危うくさせられるおそれがある。
   また、フランス語は価値の低い言語であるとの印象を与えることによって、フランス語から(あるいはフランス語へ)の翻訳・通訳その他フランス語を使用する原告らの業務を利用する意思を喪失させるおそれがある。
   これにより原告らは営業上著しい損害を受けた。

4 本件発言の虚偽性と深刻な人格権侵害
 (1) 世界には、数え方によっては3500とも8000とも言われる言語が存在する。そのいずれもが、それぞれの民族や、国家や、地域の長い歴史の中ではぐくまれたもので、固有の文化そのものを反映したかけがえのない文化遺産である。人はものを考えることも、現実世界を認識することも言語を通じて行うのであって、それは人の人格形成に不可欠なものであり、アイデンティティの骨格を成すものといっても過言ではない。
  言語は、その言語集団にとっては、独自性の証しと言いうるものである。少数言語であれ、広く国や民族を越えて「国際語」として使用されるような言語であれ、それを使用する言語集団にとっては、優劣をつけることのできない、等しく高い価値を有するものである。
  本件発言は、このように等しく敬意を払われるべき一つの言語に対して、事実に反した侮辱的言辞を弄したものである。
 (2) フランス語は、起源前のローマ軍カエサルの侵入以後ガリア地方に広まったラテン語を母胎とする言語で、近代フランス語は17世紀頃に形成された。18,19世紀には世界で最も多用される外交用語たる地位にあったが、現在は英語にそれを譲ったものの、国連等の国際会議においても、スペイン語・ロシア語などと共に公用語として用いられている。また世界1億7千万人の人々がフランス語を常用していると言われ、これを公用語とする人口は2億7000万人に及んでいる。EUにおいては、優位的な言語である。
  もとより、数詞を有し、日常生活において数を数えることにとどまらず、学問の世界においてもフランス語による高等数学の研究も極めて先進的になされており、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞受賞者を輩出している。そもそもフランス語がきわめて論理的な言語構造をもつことは定評があり、ケルト語に起因する数詞もその一環と考えられている。
   フランス語によって著された哲学や文学、また法律などが、明治以来の日本文化にも深い影響を及ぼしていることは、言うまでもない。日本民法がフランス民法に由来しているということも公知の事実である。日本においても、まさに国際語として通用してきた歴史がある。
 (3) 被告が知事を勤める東京都は、1982年、フランスの首都パリと姉妹友好都市協定を締結し、また、2005年は、EU−日本市民交流年でもある。このような国際関係の進展は、多くの人々が日仏の文化交流や友好発展のため積み重ねてきた努力と営為の上に結実したものである。他国の文化の集積・結晶である言語を、誤った事実認識に基づき、一方的に貶める本件発言は、このような蓄積を一気に崩壊させかねない心無いもので、いかなる立場からも絶対に許容されないものといわなければならない。
 (4) 原告マリック・ベルカンヌは、多数の賛同者と共に、2005(平成17)年2月28日、被告に対し、公開質問状(甲3号証)を送付し、本件発言についての釈明を求め、合理的釈明なき場合には、本件発言を撤回して謝罪するよう求めた。これに対し、被告は何らの応答もしないまま現在に至っている。


5 救済
  (1) 謝罪広告
本件発言により生じた誤解を解消し、原告らの社会的名誉を回復するためには、東京都庁で行われた「ザ・トウキョウ・ユー・クラブ(the Tokyo U-club)」の設立総会出席者のみならず、本件発言が報道された毎日新聞(東京版)の読者、及び東京都庁ホームページの閲読者らが了知できるような方法で、すなわち請求の趣旨第1項記載のとおりの各新聞に謝罪広告を掲載させることが必要である。
また、フランス語学校経営者や通訳・翻訳などフランス語を業務の手段として使う者に関しては、本件発言によってもたらされる社会の誤った認識を是正し営業上の損害の発生を防ぐためにも、この謝罪広告は必須である。
  (2) 慰謝料
本件発言による原告らの社会的名誉および名誉感情の著しい侵害により生じた有形無形の損害を填補するには、謝罪広告の掲載だけでは到底不十分であり、原告らが被った損害の一部として原告1人に対して少なくとも金50万円の賠償金を支払わせることが相当である。

 6 よって原告らは被告に対し、本件発言によって毀損された原告らの名誉を回復し、原告らが被った損害を賠償するため、請求の趣旨記載のとおりの謝罪広告の掲載と損害賠償の支払いを求め、あわせて本件発言がなされた日の翌日である2004(平成16)年10月20日から支払済みに至るまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

第3 証拠方法
 1 甲1号証  毎日新聞記事(2004年10月20日朝刊)
 2 甲2号証  東京都庁ホームページ・知事チャンネル(平成16年10月7日掲載分)
 3 甲3号証  公開質問状

第4 添付書類
 1 甲号証写  各1通
 2 訴状副本   1通
 3 訴訟委任状 21通





別紙

お  詫  び

各位
 私は、2004年10月19日、首都大学東京をサポートする会員制クラブthe Tokyo U-clubの設立総会において、「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。そういうものにしがみついている手合いが反対のための反対をしている。笑止千万だ」との発言をしましたが、フランス語が数を勘定できない言葉であるとの点及びフランス語が国際語として失格しているとの点はいずれも事実ではありません。このような誤った事実に基づき、フランス語を母語として使用し、フランス語学校を運営又は経営し、フランス語又はフランス語によって表記されるものを研究してその成果を教授し、フランス語の通訳・翻訳その他フランス語を業務の手段とし、さらには、フランス語を学習する人々の名誉を著しく毀損しましたことを、ここに深く陳謝します。
                       東京都知事 石 原 慎太郎

[掲載条件]
1 大きさは、2段・横10pとする。
2 年月日は謝罪広告の日を記載する。
3 「お詫び」「東京都知事 石原慎太郎」の各文字は8Pゴシック、その他の文字は8P明朝とする。
4 謝罪広告の日に被告が東京都知事職を辞している場合は、「東京都知事 石原慎太郎」を「(前)東京都知事 石原慎太郎」とする。



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